東洋医学をもっとカジュアルに(第3回)同じ病名でも、人によって手あてが変わる——「証(しょう)」のふしぎ
たとえば、同じ「頭痛」で来られたAさんとBさん。
東洋医学では、まったくちがう手あてになることがあります。
同じ病名なのに、なぜ——?
こんにちは。はり・きゅう専門院 ゐろは鍼漢院、院長の池内です。
前回は、「東洋医学は、体をバラバラに分けて考えない」というお話でした。
今回はその続き。東洋医学ならではの、ちょっと不思議な”見立て”のお話です。
その名も、「証(しょう)」。
これがわかると、「東洋医学って、こういうことか」と、ぐっと近づいて見えてきますよ。どうぞ気楽に。
- 東洋医学は、「病名」だけで治療を決めません。
- 見て・聞いて・尋ねて・触れて(四診)、体からのサインを集めます。
- そのサインから、今のあなたの状態=「証(しょう)」を見立てます。
- だから、同じ病名でも人によって手あてが変わり、違う病名でも同じ手あてになることがあります。
- 「証」は、2019年にWHO(世界保健機関)の国際的な病気の分類にも加えられました。

はり・きゅう専門院 ゐろは鍼漢院 院長 池内 公(いけうち いさお)。
臨床歴20年以上。病院勤務で内科・整形外科・耳鼻科などの現場を経験。
2012年からは獣医師向けに東洋医学の講義も担当しています。千葉県我孫子市、手賀沼のほとりで開院。
東洋医学は「病名」で治療を決めない
病院に行くと、まず「病名」がつきますよね。
そして、その病名に対して、お薬や治療が決まっていく。
東洋医学は、ここが少しちがいます。
もちろん病名も大切にします。でも、それと同じくらい——ときにはそれ以上に——「今、その人の体がどんな状態か」を大事にします。
同じ「頭痛」でも、ある人は体が冷えて、ある人は熱がこもっている。
ある人は疲れきっていて、ある人は張りつめている。
その”今の状態”に合わせて手あてを変える。それが東洋医学のやり方です。
では、その”今の状態”を、どうやって見きわめるのでしょう。
体からのサインを、4つの方法で集める(四診)
東洋医学には、体からのサインを集める4つの方法があります。まとめて四診(ししん)と呼びます。
- 望診(ぼうしん)=見る:顔色、舌の色、姿勢や動き…目で見える情報を集めます。
- 聞診(ぶんしん)=聞く・かぐ:声の調子や呼吸の音、においなど。
- 問診(もんしん)=尋ねる:いつから、どんなときにつらいか。眠りや食欲、気持ちのことも。
- 切診(せっしん)=触れる:手首の脈をみたり、おなかやツボにそっと触れたり。
とくに東洋医学らしいのが、脈と舌です。
手首の脈は、指で触れると、速い・遅い、強い・弱い、太い・細い…と、いろんな表情があります。
舌も、色や形、コケの様子に、体の状態があらわれます。
たとえば、健康なときの舌はきれいなピンク色。
赤みが強ければ熱を、白っぽく色が薄ければ冷えや”足りなさ”を…というふうに読んでいきます。

集めたサインから「証(しょう)」を見立てる
こうして四診で集めたサインを、ひとつにまとめて見立てたもの。それが「証(しょう)」です。
いわば、「今のあなたの体の状態の”見立て名”」のようなもの。
そして東洋医学では、この証が決まると、手あての方針も決まります。
「病名 → 治療」ではなく、「サインを集める → 証を見立てる → 手あてが決まる」。
この流れが、東洋医学の背骨になっています。
「血が足りない」=血虚(けっきょ)を例に
ひとつ、具体例を見てみましょう。その前に、東洋医学のちいさな前提を。
東洋医学では、体をつくり動かすものを、大きく3つで考えます。気(き)・血(けつ)・水(すい)。
ざっくり言うと、気は”エネルギー”、血は”血液や栄養”、水は”体をうるおす水分”。
この3つが、十分にあって、とどこおりなく巡っていれば、元気でいられる——そう考えます。

さて、このうち「血」が足りなくなった状態を、血虚(けっきょ)と呼びます。
血虚の人には、こんなサインが出やすくなります。
- 顔色が青白い、くちびるの色が薄い
- 立ちくらみ、ふらつき
- 舌が白っぽい
- 脈が、細くて触れにくい
四診でこうしたサインが集まると、「これは血虚の証だな」と見立てます。
そして血虚なら、手あての方針は——シンプルです。足りない血を補う。
漢方なら血を補うお薬、鍼灸なら血を補う働きのあるツボを使っていく、という具合です。
証が決まれば、やることが見えてくる。だから、たとえ病名がはっきりしなくても、手あての糸口が立つのです。
同じ病名でも変わる/違う病名でも同じになる
ここまで来ると、冒頭のふしぎが解けてきます。
同じ「頭痛」でも、Aさんは血虚、Bさんは別の証かもしれない。
証がちがえば、手あてもちがう。これを同病異治(どうびょういち)——「同じ病でも、治し方が異なる」といいます。
逆に、まったく別の不調で来られたふたりが、見立ててみると同じ証、ということもあります。
その場合は、病名がちがっても、似た手あてになる。これを異病同治(いびょうどうち)——「異なる病でも、同じ治し方」といいます。
「病名」だけを見ていると、この柔軟さは生まれません。
“今のその人”を見るからこそ、ひとりひとりに合わせた手あてができる。ここが東洋医学の、大きな魅力だと感じています。
世界も認めはじめた「証」
最後に、ひとつ豆知識を。
世界には、「ICD(国際疾病分類)」という、病気の“共通の目録”があります。
WHO(世界保健機関)が定めていて、世界中の医療現場で実際に使われている、とても実用的な仕組みです。
たとえば病院のカルテや診断書、健康保険の請求、手術や検査の統計、亡くなった原因(死因)の集計まで、世界中でこの目録がもとになっています。
ここでは、あらゆる病気や症状に、ひとつずつ番号(コード)が割りふられています。
たとえば「糖尿病」なら、糖尿病のコード番号。どの国の人でも、その番号を見れば「ああ、あの状態だ」と共通でわかる仕組みです。
そして2019年——このICDに、東洋医学の「証」が300項目以上、加えられました。
つまり、「血虚(けっきょ)」にも、専用のコード番号がついたのです。
これまで「血虚」という漢字は、漢字圏の外の人には、なかなか伝わりにくいものでした。
でも、コード番号があれば——漢字が読めない国の人でも、その番号から「血がすこし足りていない、あの状態だ」と、共通で理解できます。
古い東洋の知恵が、世界の共通言語の中に、きちんと居場所をもらった。
そう思うと、なんだか、うれしくなります。
難しく考えなくて、大丈夫
「証(しょう)」のお話、なんとなくつかめたでしょうか。
見て、聞いて、尋ねて、触れて、今のあなたを見立てる。
だから、同じ病名でも手あてが変わるし、違う病名でも同じになることがある。
「自分に合った手あて」を探してもらえる——そう思うと、少し心強く感じませんか。
次回(第4回)は、いよいよシリーズ最終回。
第1回にも登場した、あの白黒のマーク——「陰陽(いんよう)」のお話です。
昼と夜、夏と冬…世界がバランスをとりながら巡っていく考え方を、やさしくほどきます。どうぞ、お楽しみに。
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